㈱トムコ発行の情報紙(1996年~2019年発行)に掲載されたつぶやきから抜粋して随時皆様にお届けします。
今回は2000年3月のコラムです。※ブログの最後にトムコからのお知らせがあります!
お世話になった方が昨年末、脳溢血で倒れた。八十才である。意識が無いというが、とにかく病院へ行った。
誰が来ているのか分かるようで、少し安心した。しかし、口を動かすが何を話しているのか分からない。
そしてこの一月半ば、灰谷氏と二人で再び入院先を訪れた。
病室へ入るなり彼は、「おお灰さん。あんたは忙しいのにわざわざ来てくれて、ほんまにありがとう」と、左手を出す。わずか三週間で意識ははっきりとし、喋ることばも殆ど分かった。
「淋しゅうてなぁ。夜は一人やろ。はよう帰りたいんや」
「何言うとん。俺なんか、ずっと一人やで」
と、灰谷さん。
「そうか、灰さんはずっと一人でがんばっとんのや。そうや。わしもがんばらんとな。はっはっはっは…よし」
彼は以前のように大声で話し、笑った。
「この腕がなぁ…動かんのや。だけど長い間世話になったからなぁ。わしはこいつに添い寝してやらんと」
彼は少し腫れた動かない右手を、愛しそうに左手で胸に抱き上げ、言った。
「左手があるやん。また描かんと」
そう言うと、うんっと力強く頷いた。
彼はついこの前八十才を記念に個展をしたところだった。いつまでも以前の描き方でやっとっても進歩せん。新しい自分を見つけんとな、と、それまでとはころっと変わった画風の絵を前にして饒舌だった。
それから三十分余り、彼は流動食の管を気にし、酸素マスクをなおしながら明るく喋り続けた。
「なぁ岸本さん。入院しててあんなに明るくなれるか。あれはあの人の生き方がずっと前向きやからやで。それが大きな回復力のような気がするんや。お見舞いにいって教えられたの初めてや」
帰り道灰谷さんは晴れ晴れとした顔で言った。
「そうですよね。僕なんか暗ーくなって、ぐちばっかり言ってるような気がする」
「あんたはその素質ある。俺かって…」
そんな素質はいらんのや! 私は帰ってからしばらくの間自分の生き方を考えていた。
(児童文学作家岸本進一)
~岸本進一先生PROFILE~
神戸市北区在住の児童文学者。著書「ノックアウトのその後で」(理論社)にて1996年日本児童文芸家協会新人賞受賞。その他、ひだまりいろのチョーク(理論社)・とうちゃんのオカリナ(汐文社)・はるになたらいく(くもん出版)など、著書多数。
小学校教諭として23年間勤務。故灰谷健次郎氏と長年親交があり、太陽の子保育園の理事長も勤めた。
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