私は旅が好きだ。気の許せる人との旅もいいが、やはり一人旅が一番だ。海辺のレストランで、沈みゆく夕陽を眺めながら、また雑踏のネオン街を行きかう人々を見ながら食べる夕食がたまらない。全てのしがらみから解き放たれた自分を見つめていると、主役になった自分なのか、消え行ってしまった自分なのか、訳のわからない感覚で、時には涙することもある。近づいてくる死の前に、もう一度だけ旅ができるとしたら、どこへ行きたいだろう。初めてのところでもいいし、再訪でもいい。そんなことを自分で問い、自分で即答している。アンコール遺跡群。それ以外に考えられない。
後何度でも旅ができるなら、候補は多くある。まだ訪れていないイタリアや中南米もいい。私は旅を計画するのも好きだから、それらの国々への旅を研究している。時にまるで訪問したかのような錯覚を起こすことさえある。再訪としてはミャンマーのバガン遺跡、インドネシアのボロブドール、プランバナンの遺跡群そしてインドも候補となる。タイやパリ、モロッコもいい。ラスベガスのカジノも捨てがたい。しかし、ローマの休日の王女ではないが、一番良かったところはと問われると、「アンコール遺跡群」と答えるだろう。肺炎で高熱を出し、急遽帰国しなければならないこともあったのに。
アンコール遺跡群へは十度前後訪問している。個人旅行をしたい人の為に少し書いておく。まず、カンボジアのビザを前もってネットで取得しておくのがいい。空港で取るのもいいが、少し時間がかかる。ルートとして、私はバンコクへも行きたいので、二通りを利用している。まずバンコクへ入国し、エアアジアでシェムリアップへ。帰路も同じルートで。もう一つはマイルがたまると、(ちなみにスカイマイルは永久に消えない)ベトナム航空を利用し、ベトナム経由でシェムリアップへ。アンコール遺跡群に数日かけ、シェムリアップからバンコクへ渡る。そこで休んで、チャイナエアか大韓航空を利用し、台北かソウル経由で帰国する。片道チケットは費用がかさむが、マイルを使うと往復とも同じマイル数で利用でき、便利だ。ちなみにスカイマイルのたまる航空会社はアジア路線でも多く、私はそれを選ぶ。おまけに経由地でトランジットでき、訪問国が増えるので、お得感が半端ではない。
さて、なぜ「アンコール遺跡群」なのかということだ。アンコール遺跡群は千を超える遺跡があるらしいが、主なものだけでも四十以上あり、クメール王朝時代に作られているものが多い。仏教、ヒンドゥー教の石彫が主で、私はその四十の殆どを回ったが、ヒンドゥー遺跡と仏教遺跡の違いはよくわからない。どちらもクメール人の顔つきの石像が多いせいだと思うが、私にはどちらでもよいことだ。日本の仏像のように屋内で静としているのもよいが、灼熱の太陽をもろともせず、いや、はね返すように堂々と存在しているのは圧巻である。それなのに石彫のディテールは見事で、たった一つの彫像を見ていても飽きない。その美しさに魅せられ、盗掘されたこともあるほどだ。有名なのは「バンテアイ・スレイ」の「東洋のモナ・リザ」と言われる像がフランスの作家マルローに盗まれた事件だ。すぐに帰ってきたが、私が訪れた時にはロープの外からしか見ることができず、細部が分からなくて残念だった。しかしそれに劣らない石像が数千とある。だからそれらの美しさを完全に享受しきった気がしないので、再訪したいと思うのだろう。あの気温四十度を超える灼熱太陽の下で、職人たちが、静かで永遠を思わせる像や塔を掘ったということに感動する。そして人は永遠となることはできず、その生のはかなさを思い知らされ、己の生がいつ尽きてもと納得するのだ。しかもそれを悲しいことだとは思わず、素直に受け入れることができ、「今」を生きることの大切さを思う。残り少ない「生」を全うするためにやはり最後に一度旅ができるとすれば「アンコール遺跡群」と答えるだろう。
~岸本進一先生PROFILE~
神戸市北区在住の児童文学者。著書「ノックアウトのその後で」(理論社)にて1996年日本児童文芸家協会新人賞受賞。その他、ひだまりいろのチョーク(理論社)・とうちゃんのオカリナ(汐文社)・はるになたらいく(くもん出版)など、著書多数。
小学校教諭として23年間勤務。故灰谷健次郎氏と長年親交があり、太陽の子保育園の理事長も勤めた。
6月のラディッシュ講習
Radish STYLE編集部
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