昨年も医者通いに明け暮れた。年が年だから致し方ないとは言え、そんなに医者が好きなのかと言われそうだ。が、実は好きなのだ。私が今一番つらいのは、両腕の痛みで、数年前に比べ、今や時にはうずくまるほどの痛みになることもある。夜、痛みで目が覚め、寝られないこともしばしばだ。
その治療として、神戸大附属病院の麻酔科(ペインクリニック)に通っているが、治療をしていただくと少し痛みは和らぎ、軽やかになる。だから多くの人がこのコロナ禍で病院を避ける時なのに、私は楽しみになる時があるというわけだ。治療は、主に星状神経節ブロックといわれるものだ。首の喉ぼとけの下あたりの左右に、星形をした交感神経の集まる神経節がある、らしい。星形をしているなんて夢のあることなので、ぜひ見てみたい。先生は首のところにエコーを当てながら注射針を刺し、麻酔薬を注入する。その時エコーには星形が映るのかなと、ある時見えるような位置にあったので必死に目を凝らしたが、なーんにも見えなかった。あんなわけのわからない映像でよく間違えずに麻酔薬を打てるものだと、感心してしまう。注射をして2、30分すると交感神経が緩み、血流がよくなり、体が柔らかくなったように感じる。左右の星状神経節にどんどん打っていただきたいものだが、残念ながら保険での制約があり、週に一度、左右どちらかの神経節にしか打てない。
ペインに通っていると、ついついあちこちの痛みを訴えてしまう。12月の日曜日、女房の母親が亡くなり、その葬儀に行こうとした朝、いつものようにラジオ体操をしていると、右足のふくらはぎに痛みが走り、歩けなくなった。焼香の時も傘を杖にして歩かなければ前に進むこともできない。じっとしていると痛みはないので、そのあとの行事はすべて失礼し、帰宅してじっとしていた。幸いにも次の日の夕方には痛みは引き、ゆっくり歩けるようになった。その週の水曜日がペインに行く日だったので、先生にお会いするなりそのことを言った。先生は少し足を曲げたりして診てくださってからおっしゃった。「今はもう治っているのですか」「はい」「だったらそのことは忘れなさい」かなりきっぱりおっしゃったので、「えっ」と少し声が漏れたかもしれない。それからいつものブロック注射をしていただいたが、30分の安静時間の間、私の頭の中には「忘れなさい」の声が渦巻いていた。帰宅してからすぐ女房に、そしてその夜、娘にそのことを言った。二人の反応は全く同じだった。「えらい!その先生。お父さんのことを熟知してる」私も同じように感動していたのだ。たった1年のお付き合いなのになんと適切な言葉をくださったのかと。私だけではない。一般的に言っても適切な言葉だと思う。
私は何事でもくよくよと考えてしまう。なんでふくらはぎがあんなに痛く? 薬を止めた副作用では? 整形に行って診ていただかなくては。しかしきっと原因はわからないし、どうしてでしょうね、ということになっていただろう。そしてずるずるとそれを考えてはくよくよし、ストレスをためる。それが新たな痛みや病の誘因になっていたかもしれない。なんと適切な言葉だろうか。私は研究者じゃない。考えてもわからないことは忘れること。それから私はずっと「忘れること、忘れること」とつぶやきながら日々を送っている。心なしか体も楽になり、痛みも和らいだように思う。以前に書いたが、医者というのは患者の不安も取り除いてこそと思っている。これは教師や対人間関係にも応用できるかもしれない。
~岸本進一さんPROFILE~
神戸市北区在住の児童文学者。著書「ノックアウトのその後で」(理論社)にて1996年日本児童文芸家協会新人賞受賞。その他、ひだまりいろのチョーク(理論社)・とうちゃんのオカリナ(汐文社)・はるになたらいく(くもん出版)など、著書多数。
小学校教諭として23年間勤務。故灰谷健次郎氏と長年親交があり、太陽の子保育園の理事長も務めた。
Radish STYLE編集部
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