「人生いろいろ」は、1996年から㈱トムコ発行の情報誌に掲載された、児童文学者岸本進一さんによるコラムです。過去140編の中から、時間の経過に関わらず楽しんでいただける作品を抜粋して随時皆様にお届けします。今回は1998年7月のコラムです。※ブログの最後にトムコからのお知らせがあります!
この所立て続けに東京へ行っている。灰谷健次郎氏と、倫書房という出版社を作っているのだが、その仕事のためだ。仕事といっても赤字続きで、何の報酬もない。まあ、わいわいとやっているのが楽しいといったところだ。
東京のホテルは宿泊費が高いので、二回に一度は灰谷氏のマンションに泊めていただく。夕食は外で済ますが、朝食は彼が作る。私も料理は嫌いじゃないので(我が家では週のうち半分以上の夕食は私が作っている)彼を手伝ったり、側で見ているのだが、その手際のよさ、巧みさには舌を巻く。
冷蔵庫を開け、三秒ほど考え、五秒で材料を出す。
「うーん、ほうれん草が一本と残り豆腐かぁ」とつぶやいて、ほうれん草をさっとゆがく。こんな一本(一束ではない)くらいどうすんねんやろ、と思いながら、私は食卓を作り、付いてるテレビを少しの間だけ見て、台所へ戻った。と、もう三品のおかずが並んでいる。ごまをいり、豆腐を少し入れてほうれん草にあえたもの。甘酸っぱく味付けがしてある。かつおで出汁をとり、それを少し取り分けてたまごを溶き、ほたてのかんづめをまぜてからたまごやきを作っている。これが特別においしい。残りの出汁でわかめと豆腐の味噌汁。「ちょっとみりんがききすぎたかな」と、味見をしている。少し甘目だが、みその加減といい、出汁の出加減といい、抜群。「料理というのは、おいしく食べてやろう、食べさせてやろうという執念と知性やで」と、つぶやきながら味噌汁をすすっている。
知性というのは学歴ではない。より創造的で豊かな人生を送ろうとする意欲が生み出す叡智だろう。だらだらとした日常が続くと、執念が薄れる。ゆとりがなくなるとそれが失せる。自分の作った料理でも、他人の作った料理でも、まずいものを食べると、人生が貧弱になっていくようでみじめになる。そう思い、私は文章を書くのをうっちゃり、彼を見習って、少しの酒をいただきながら台所に立つのである。
(児童文学者 岸本進一)
~岸本進一先生PROFILE~
神戸市北区在住の児童文学者。著書「ノックアウトのその後で」(理論社)にて1996年日本児童文芸家協会新人賞受賞。その他、ひだまりいろのチョーク(理論社)・とうちゃんのオカリナ(汐文社)・はるになたらいく(くもん出版)など、著書多数。
小学校教諭として23年間勤務。故灰谷健次郎氏と長年親交があり、太陽の子保育園の理事長も勤めた。
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今井令子
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